C. W. VAUGHAN
  • Vaughan
  • C・W・ヴォーン

    年齢:44歳
    身長:5フィート7インチ
    一人称:私
    二人称:君
    髪の色:ダークブラウン 目の色:ブラウン
  • ロクセス・スクール前校長ヘッドマスター。ロクセス校の歴史において最も特筆すべき人物。15年間ロクセス校長を務めた。
    父親はレスターの牧師。13歳のときに父が急死し、ラグビー校に送られることとなる。ここでの経験はのちの彼の改革の大きな礎となる。その後ケンブリッジ大学トリニティ・コレッジに入学。古典優等卒業試験トライポスでは首席、総長賞を受賞するなど非常に優秀な成績を修める。22歳で学士号を取得し、その翌年に特別研究員フェローになる。一時は法学を研究していたが恩師の奨めで神学の研究に戻り、聖職位を叙階した。
    恩師でもあるラグビー校長の急死により、次代校長候補に挙げられるも選任はされなかった。しかしその2年後、全校生徒数69名、町遊びや飲酒などの非行にまみれた陰惨たる時代のロクセス校の校長に28歳で着任する。母校ラグビーの制度の多くを参考に、学校制度の見直し、施設の充実、優秀な教師の雇用などの大改革を実行。15年後には生徒数は着任時の7倍に増え、ロクセス校を「名門」と呼ばるるに相応しい学校に立て直すという偉業を成し遂げた。29歳のときには名誉神学博士号を取得。33歳でラグビー校時代の親友の妹キャサライナと結婚。H・J・バトラーは教え子であり、ウェストコット、ファーラー、スミスを助教師アシスタントマスターとしてロクセスに招いたのもヴォーンである。
    2年前に突如校長を辞任し、後任としてバトラーが着任する。「一人の校長の勤続年数は15年が限度」という持論を持っていたためだと言われているが、実際の辞任の理由は不明とされている。現在はドンカスターの教区司祭を務めている。時折ロクセス校を訪れており、愛弟子の活躍と成長を見守っている。
    元来温厚な性格だが、違反を犯した生徒には厳しく処罰するなど、教育に真摯な校長であった。バトラーの憧れであり目標とする人物である。